長野地方裁判所 平成3年(行ウ)1号 判決 1992年2月27日
原告
筒井健雄
同
内山卓郎
同
中村寛
同
中村善信
同
竹内邦臣
同
荒井伊佐男
同
中沢尤
同
小松次郎
同
腰野よしえ
同
小山菊彦
同
森川猛夫
同
丸山隆志
同
中村元芳
右原告ら訴訟代理人弁護士
中山修
同
中村隆次
同
武田芳彦
同
木下哲雄
同
川上眞足
同
高井新太郎
同
松本信一
同
大門嗣二
同
戸崎悦夫
同
佐藤豊
同
高井正直
同
和田清二
同
田中善助
同
池田豊
同
栗林正清
同
酒井宏幸
同
内村修
中山修訴訟復代理人弁護士
高橋聖明
被告
長野市長
塚田佐
右訴訟代理人弁護士
宮澤建治
右訴訟復代理人弁護士
高橋幸知
同
田下佳代
被告指定代理人
岩崎敬二
外一名
主文
一 被告が原告らに対して平成二年三月二〇日付でした公文書非公開決定処分を取り消す。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
主文同旨
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 原告らは、いずれも長野市内に住所を有する者あるいは市税の納税義務者であるが、平成二年三月七日、被告に対し、長野市公文書公開条例(昭和五九年長野市条例第五八号、以下「条例」という。)五条一項に基づき、「昭和六三年基準年度評価替えに係る湯谷団地内宅地の固定資産評価替えのために行った宅地の鑑定結果およびその内容を記載した公文書」(以下、右文書を「本件公文書」といい、その記載内容を「本件情報」という。)の公開を請求した。
2 被告は、原告らに対し、平成二年三月二〇日、原告らが公開請求した本件公文書について、法令の規定に基づき明らかに公開することができない情報として条例七条二号に該当するとの理由により、公開しない旨の決定(以下「本件処分」という。)をした。
3 原告らは、平成二年五月一六日、被告に対し、本件処分について異議申立をしたが、被告は、同年一二月二七日、異議申立を棄却する旨決定し、同決定は同月二九日原告らに到達した。
4 よって、原告らは本件処分の取消を求める。
二 被告の認否
請求原因事実はすべて認める。
三 被告の抗弁
1 条例七条は、実施機関が公開してはならない情報の事例につき規定しているところ、本件情報は、同条一号の「通常他人に知られたくない個人に関する情報」に該当する。
すなわち、本件公文書は、昭和六三年度固定資産評価替えに当たり、湯谷団地内宅地の路線価を被告が決定するについての参考資料とするべく、湯谷団地内の個人所有宅地三箇所について不動産鑑定士に鑑定評価を求め、不動産鑑定士が近隣の売買実例を参酌して三箇所の宅地の価格を算出した評定調書である。したがって、本件公文書には、第三者所有の宅地について不動産鑑定士が鑑定を行った結果得られた評価額すなわち財産状態に関する情報が記載されており、これが個人に関する情報に当たることは明らかである。本件公文書には、鑑定の対象となった土地の所有者の氏名は記載されていないが、当該土地の地番及び登記地積が記載されており、公図写に当該土地の位置を記入した所在図及び対象となった土地(及びその地上建物)の写真が添付されているので、登記簿や住宅地図等を調べれば、当該標準宅地の所有者又は占有者の氏名が容易に判明する。そして、土地は個人の財産の主要な部分を構成するものであるから、土地の鑑定評価額は、自己の財産状況を表すものとして、他人には知られたくないと考えるのが通常であるし、世論調査によっても「他人に知られたくない個人の情報」の第一位に「年間収入、財産状態、納税額などの記録」が挙げられている。
よって、本件情報は、条例七条一号に該当する。
2 本件情報は、条例七条二号の「法令の規定に基づき明らかに公開することができない情報」に該当する。長野市の定めた条例についての運用基準は、七条二号の例として、地方税法二二条を掲げている。地方税法二二条は、地方税に関する調査事務に従事する者は、その職務を遂行する過程において、納税義務者等の私人の秘密を知り得る地位にあることから、国家公務員や地方公務員につき一般的に課せられる守秘義務(国家公務員法一〇〇条、地方公務員法三四条)を一層強化する趣旨で定められているものである。そして、地方税法二二条にいう「秘密」とは、一般に知られていない事実であって、本人が他人に知られないことについて客観的に相当の利益を有すると認められる事実をいい、「秘密をもらす」とは秘密事項についてそれを知らない第三者に告知することをいうものである。
本件公文書は、納税者の秘密に属する情報をその内容とするので、これを公開することは同条の「秘密をもらす」行為に該当する。
3 情報公開制度による公開は、間接的には市民の市政参加を推進し、市政に対する市民の理解と信頼を深め、もって公正な市政の発展に寄与することを目的とするものである。しかしながら、本件において原告らが本件公文書の公開を求める直接の目的は、地附山の災害により自己の所有地の価格がどの程度下落したか知りたい、あるいは、地附山地滑り訴訟における損害額立証のための証拠方法を得たいという点に尽きる。被告は原告らの目的自体を非難するものではない。しかし、本件の情報公開が認められると今日の社会情勢の下で本件情報が不動産情報として高い価値を持っていることからみて、今後、同種の情報公開請求が相次ぐことは必至であり、情報公開制度は、確かな不動産情報を安易に入手しうる手段として利用されることになるのであって、その結果生じる混乱と弊害は図り知れないものがある。
以上より、被告の本件処分は適法である。
四 被告の抗弁に対する認否
争う。
五 原告らの反論
1 長野市議会は、昭和五九年九月二九日、「長野市公文書公開条例」を制定した。
右条例は、被告が保有する情報は、市民共有の財産であるとの基本認識に立って、市民からの公開請求に応じてこれを公開することを被告の各機関に義務付けることによって、市民の知る権利を保障するという情報公開制度の理念に基づいて制定されたものであり、五条で公文書の原則公開を定めるとともに、六条、七条でその例外としての適用除外を定めたものである。そこで、本件公文書の公開の可否を判断するについては、条例の条文をその立法趣旨に沿って解釈しなければならない。
2(一) 本件情報は、一般人の感受性を基準として「通常他人に知られたくない個人に関する情報」には当たらない。
本件情報は土地の評価であって、個人の評価は含んでいない。そもそも、「プライバシー情報」とは、個人の宗教、思想、信条、病歴、疾病、犯罪歴、職業、学歴、職歴、収入、納税額等、個人の属性に関するものをいう。土地の評価は、個人の属性ではなく、プライバシー情報ではない。本件公文書が、土地所有者の氏名を記載せず、地番で特定しているのは、本件情報の本質が、その土地の所有者が誰であるかとはまったく関係がないからである。本件情報は、思想、信条等と異なり、特定の個人と結びつくことで情報としての性格を帯びるものではない。
また、「土地に関する情報」は、登記簿に権利の設定、移転内容が明記されており、それが土地登記簿謄本の交付や閲覧制度を通じて、万人に公開されている。土地の価値についての情報も、地価公示制度、路線価等を通じて万人に公開されている他、長野市は国の指導を受けて平成三年度から、固定資産評価のための路線価を一部公開している。土地に関する情報が、このように広く公開されているのは、土地という資産の公共的性格による。本件公文書は土地の地番のみを表示した鑑定書であり、土地の評価を記載した文書であること、すでに過去の評価であることから、非公開とする理由に乏しい。
(二) 「個人に関する情報」か否かは、当該公文書自体によって判断されなければならず、他の情報と結合して特定個人が識別されることを含まない。したがって、本件情報は、「個人に関する情報」には該当しない。
3(一) 条例七条二号の「公開」とは、「情報公開手続による公開」を意味し、当該法令が情報公開制度の存在を前提とし、明文で公開制度による公開請求があっても公開してはならないことが規定されている場合に限定すべきである。条例七条二号は、情報公開手続による公開請求に対する非公開要件(適用除外事由)を定めているのであるから論理的にはこのように解する以外になく、結局、同条同号は「法令に『情報公開手続に基づく公開申請がなされても、公開してはならない』旨が『明らかに』規定されている場合の情報」を非公開文書とした趣旨と解される。
仮に右のような限定的な解釈をしないとしても、要するに法令が「明らかに」公開を許していない場合にだけ非公開とすることができると解するのが文言上の正しい解釈である。
(二) 被告は、本件公文書が条例七条二号に該当する根拠として地方税法二二条を挙げ、これが、運用基準にも明記されているとする。
しかし、運用基準は自治体内部の運用上の便宜のために作成したものにすぎないこと、運用基準も運用上の留意事項として、原則公開の立場にたって解釈することや例示欄に掲げられている公文書であっても画一的にこれらを公開しないこととして解釈し、運用してはならないと明記していることから、運用基準に地方税法二二条が記載されていることをもって、本件公文書を非公開とする理由とはならない。
地方税法二二条は「秘密」を「もらし」または「窃用」することを禁止しているのであって、いかなる意味でも適法手続により公開することを禁止することまでを広く射程距離に置いたものではないことは明らかである。「公開」の定義は条例二条で「公文書を閲覧に供し、又は公文書の写を交付すること」と規定されているところ、「閲覧に供す」を「見せる」こと、「交付」を「手渡す」ことと単純に解するとして、見せたり、手渡したりする行為のうち、ある一定の場合に「もらし」もしくは「窃用」と評価すべき状況は想定できるが、逆に見せたり、手渡したりする行為が一般的に「もらし」や「窃用」を意味するはずもない。地方税法二二条の規定が地方公務員法三四条の守秘義務規定を一層強化したという趣旨からだけでは、「もらし」、「窃用」の禁止が、「適法手続による公開」の禁止であることまで含めて解釈できるものではない。
(三) また、本件情報は、前記2のとおり「通常他人に知られたくない個人に関する情報」ではなく、プライバシー情報ではないから、地方税法二二条の「秘密」に当たらず、したがって条例七条二号には該当しない。
4 情報公開制度を利用する市民の目的は様々であるところ、公開の可否の判断に際し、その情報の利用目的を問題にすべきではない。
原告らが、将来、本件公文書を地附山地滑り訴訟における損害立証方法の一つとして利用することがあったとしても、原告らは裁判所において右災害の責任を明らかにし、かつ正当かつ適切な損害賠償を得たいと考えているのであり、本件公文書を裁判のための資料として使用することは、情報公開制度の趣旨に反することはない。
また、本件情報の公開は混乱と弊害を招くとの被告の主張は、情報公開制度を否定するものである。
理由
一請求原因事実について
請求原因事実は、当事者間に争いがない。
二本件条例は、市民の公文書の公開を求める権利を明らかにすることにより、市民の市政参加を一層推進し、市民の市政への理解と信頼を深め、もって公正な市政の進展に寄与することを目的とする(条例一条)趣旨で制定され、市が保有する情報を市民からの請求に応じて公開することを市の各機関に義務付け、市民の知る権利を保障するという情報公開制度の理念に基づき、市民の公文書の公開を求める権利について定めたものであり、実施機関は、市民の公文書の公開を求める権利が保障されるよう、原則公開の精神に立って条例を運用するもの(三条前段)とされている。そして、例外として、六条で公開しないことができる公文書を、七条で公開してはならない公文書を定めている。長野市は、これらの規定について「公開しないことができる及び公開してはならない公文書の運用基準」(<書証番号略>、以下「運用基準」という。)を定め、各実施機関(二条三号)が公開するかどうかの第一次判断を統一的かつ適正に行うための条例の解釈の指針としている。
この運用基準によると「趣旨、運用上の留意事項及び守秘義務との関係」の項で、運用上の留意事項として、(1)運用基準を請求のあった公文書に適用する際には、この条例の目的に沿い、通常他人に知られたくない個人に関する情報の保護に留意しつつ、原則公開の立場に立って、適正に解釈するものとし、(2) 運用基準は、第一類型及びこれを細分した第二類型で構成してあり、例示については、現時点において明確に判断できる公文書を例として掲げることによって、基準を理解しやすくしたが、例示欄に掲げられている公文書であっても、画一的にこれらを公開しないこととして解釈し、運用してはならず、(3) 例示として掲げられている公文書は、必ずしもこの公文書の全部を非公開とするものではなく、また、永久に非公開とするものでもなく、公文書を公開するかどうかは、個々の公文書を構成する各部分ごとに、請求のあったそれぞれの時点において判断するものとすると定めている。
運用基準は、第一次判断権者(実施機関)のための基準ではあるが、その趣旨は、裁判所が条例の解釈を行う場合においても参考となる。
三被告の主張によると、本件公文書は、不動産鑑定士が、長野市長宛に作成したものであり、その構成は、評定調書、評価書、地附山関連地域の時価評定調書補足説明となっている。そして、評定調書は、不動産鑑定士が評価の結果をまとめたものであり、湯谷団地の標準宅地三箇所について、それぞれ、所在地番、登記地目、登記地積、利用状況、昭和六一年七月一日現在の評定価格(時価評価額)等が記載されている。評価書は、右の評定価格を算出した過程を明らかにするため作成されたものであり、対象地(地番で特定されている)について、それぞれ災害前(昭和六〇年七月一日)における価格を評価し、これに地滑り災害の発生・地滑り防止区域の指定による価格下落率を乗じ、被災の状況による修正を行って対象地の昭和六一年七月一日における時価評価額を求めたものである。なお、評価書には、対象地の所在を示すための位置図、路線価図、対象地の位置を記入した公図写(三枚)、対象土地建物の写真(三葉)が添付されている。地附山関連地域の時価評定調書補足説明は、本件の鑑定について補足説明のために作成されたものであり、地附山関連地域について地滑り災害による地価の下落率を判定するに当たり採用した鑑定評価の手法、右手法を採用した根拠、地価下落率の査定結果及び下落判定上留意した事項が記載されている。以上の本件公文書の記載の形式及び内容については、原告らも明らかに争わない。
四以上の事実を前提として、まず、被告の抗弁1につき判断する。
1 条例七条一号は、公開してはならない情報として「通常他人に知られたくない個人に関する情報」を規定している。長野市公開条例の解説(<書証番号略>、以下「解説」という。)によると、右条項は、いわゆるプライバシー情報について、個人の権益を十分に保護するため、条例三条後段の「通常他人に知られたくない個人に関する情報は、十分に保護されるように配慮しなければならない。」という規定を受けて非公開とするものとされている。すなわち、条例は、原則公開の精神に立って実施機関が迅速な対応をするよう十分配慮することを義務付けているが、原則公開の中にあっても「通常他人に知られたくない個人に関する情報」すなわち「プライバシー情報」については、いったん侵害されると、当該個人に回復困難な損害を及ぼすことに留意し、最大限の保護を図らなければならないとされている(条例三条及び六条一号の解説)。
2 「通常他人に知られたくない個人に関する情報」という要件のうち、「通常」とは「一般人の感受性を基準として本人の立場に立ったならば」と同義語であり、「普通の人ならだれでもが」そう思うか又は賛成するような状態をいい、「他人に知られたくない個人に関する情報」とは、内心の秘密、心身、生活、経歴、成績、財産等に関するものをいう(条例七条一号の解説)。そして、運用基準によると、七条一号に該当する情報としては、第一類型に①個人の内心の秘密に関するもの、②個人の心身に関するもの、③個人の生活等に関するもの、④個人の経歴、成績等に関するもの、⑤個人の財産等に関するものが掲げられており、第二類型で、⑤の内容として、資産(不動産・動産の種類・価格等、債権・債務の内容等)、所得、税等が、その例示として、土地等売買契約書、所得の種類・額、納税額・滞納税額等が記載されているものがそれぞれ掲げられている。
3 条例七条一号に関する以上のような解説、運用基準によれば、「通常他人に知られたくない個人に関する情報」というためには、まず、それが特定個人の属性に関する情報でなければならないものと解される。しかるところ、本件情報は、前判示のとおり、個人を離れた土地の評価にすぎないのであるから、これをもって「個人に関する」情報ということはできない。被告は、他の資料を参照すれば、評価の対象となった土地の所有者、占有者が判明するから、これと合わせて、結局は個人の資産状況を表すことになると主張するが、当該土地が誰の所有であるかは、それ自体独立した重要な情報というべきであり、これと結合させることにより、本来なり得なかった情報が、「個人に関する情報」になると解するのは相当でない。
4 次に、本件情報が「通常他人に知られたくない」情報といえるかにつき検討する。前記のとおり、運用基準によれば、土地売買契約書は「通常他人に知られたくない情報」に該当するとされているところ、これは売買の当事者間でその価格を自由に定めることができることが前提となっているからであると解される。しかし、固定資産評価替えのための土地の評価書は、これと同一視することはできない。すなわち、この場合の評価は、当該土地の所有者個人の主観とは一切かかわりなく、不動産鑑定士が他の資料に基づき客観的に定めるべき性質のものであり、また、土地の有するその社会的な性格に鑑みれば、土地の評価は、公共性を有する情報というべきであって、そのプライバシー性は希薄であると認められる。このことは、地価公示制度の存在や長野市により路線価の一部が既に公表されている実態(被告も自認している。)に照らしても明らかである。
もっとも、地方税法は、固定資産課税台帳を縦覧できる者の範囲を「関係者」に制限しており(地方税法四一五条一項)、また、条例における運用基準の「個別法により守秘義務が課せられているもの」の例示として課税台帳が掲げられていることは後記のとおりであるけれども、課税台帳には、単に物件の価格だけではなく、不動産登記法七八条の規定により登記する事項、所有権、質権等の登記名義人の住所、氏名等を登録することになっており(地方税法三八一条)、この点において本件情報と根本的に異なるうえ、そもそも、本件情報に含まれる土地の評価は、不動産鑑定士による一次的評価であって、それが当然に課税台帳に記載される当該土地の価格になるものとは限らず、被告が路線価を決定するについての参考資料となるにすぎないのであるから、これらの事情は、本件情報が「通常他人に知られたくない」情報になることの論拠とはなりえない。
5 なお、<書証番号略>によると、総理府が昭和六〇年七月及び平成元年六月から七月に全国の二〇歳以上の者三〇〇〇人を対象に行った世論調査によると「他人に知られたくない個人の情報は何か」との問いに対し、「年間収入、財産状態、納税額などの記録」を挙げた人が、昭和六〇年の調査では48.4パーセント、平成元年の調査では48.1パーセントの割合でおり、いずれの調査時点でも第一位となっていることが認められる。
しかし、個人の全体としての財産状態、納税額が他人に知られたくない情報になることは当然としても、所有している土地の評価額、それに課される固定資産税額が右と同様の意味で他人に知られたくない情報として一般に考えられているかは、右調査からは必ずしも明らかではなく、これをもって前記認定の妨げとはならない。
6 右に検討したところによれば、本件情報は「通常他人に知られたくない個人に関する情報」とはいえないから、被告の抗弁1は採用しない。
五次に、条例七条二号は、「法令の規定に基づき明らかに公開することができない情報」を公開してはならないと定めているところ、その運用基準は、第一類型の3で「個別法により守秘義務が課されているもの」を、第二類型で地方税法二二条を掲げ、その例示として、市民税申告書、課税台帳、家屋評価調書、納税通知書、滞納通知書、滞納処分処理票、徴収猶予申請書等を掲げている。
そして、地方税法二二条は、地方税に関する調査事務に従事する者は、その職務を遂行する過程において、納税義務者等の私人の秘密を知り得る立場にあることから、これらの者に対し、守秘義務を課しているものである。同条にいう秘密とは、実質秘すなわち一般に知られていない事実であって本人が他人に知られないことについて客観的に相当の利益を有すると認められる事実をいうとされており、いわゆる形式秘、行政庁が秘密にすべきであると判断し、指定権者を通じて秘密と指定したものを意味しないと解されている。
ところで、原告らは、条例七条二号は、当該法令に情報公開手続に基づく公開申請がなされても公開してはならない旨規定されている場合の情報の公開を禁じたものであると主張するが、右のように「法令」の範囲を限定的に解釈すべき理由を見出すことはできないから、右主張は採用することができない。地方税法二二条の趣旨に照らせば、条例七条二号にいう法令には、地方税法二二条も含まれるとする運用基準の取扱を相当とすべきである。
そして、運用基準に例示として掲げられている前記公文書を検討すると、これらは、すべて当該文書において個人が特定されており、しかも、その個人の財産状況の全部又は一部が明らかとなる情報を含むもので、いずれも個人の実質的な秘密に該当する文書であることが明らかである。
これに対し、本件公文書は、土地の評価であって、文書自体から個人の特定がされるものではなく、また、それは前記四のとおり「通常他人に知られたくない情報」には該当しないのであるから、実質的な秘密とは認められず、したがって、本件公文書を公開したとしても、それは、地方税法二二条の「秘密をもらす」行為に該当しないというべきである。
してみれば、被告の抗弁2も理由がない。
六被告は、本件公文書の公開を認めると混乱と弊害が生じると主張する。
しかし、条例は、原則公開の立場に立った上で、例外の場合を包括的に規定しているのであるから、右例外規定のいずれにも該当しない場合において、混乱と弊害が生ずることを理由として公文書を非公開とすることは許されないと解すべきである。ちなみに原告らによる本件公文書公開請求の目的が公序良俗に反するあるいは権利濫用に該当するとは認められない。
七以上の次第であるから、本件処分は、違法な処分であり、その取消を求める原告らの請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官前島勝三 裁判官菊地健治 裁判官中山直子)